大阪地方裁判所 昭和24年(行)65号 判決
原告 花畑角二 外二名
被告 国立療養所大阪厚生園長
一、主 文
国立療養所大阪厚生園長長谷川卯三郎が原告等三名に対し昭和二十四年三月十日同療養所から退所を命じた処分はこれを取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求めた。
原告等訴訟代理人は請求の原因として、国立療養所大阪厚生園は国立療養所入所規程(昭和二十二年厚生省告示第四七号昭和二十三年同省告示第二九号を以て改正)によつて結核性疾患、精神障害、中樞神経障害、癩、温泉療養を要する患者を入所療養させる国の営造物であつて、厚生技官長谷川卯三郎は同療養所の園長であつたが、昭和二十四年十月六日休職処分により休職中であり、原告等三名はそれぞれ健康保險、労働者職員共済組合、生活保護法により結核性胸部疾患のため入所加療中の者である。さて原告等を含む全入所患者約三百八十名はかねて患者自治会を結成して給食、診療、病衣その他の療養條件の改善及び医療の民主化のため長谷川園長と種々接衝を重ねて來たが昭和二十三年三月上旬頃患者自治会食糧部の調査によつてララ物資である砂糖約三十キログラムの不正使用、病院用加配米の不正受配等同療養所当局の多数の不正事実を発見したので入所患者相互の意思のそ通を図りこの問題に対する患者自治会の態度を決定するため原告等三名は同年三月八日同療養所用の放送機を使用して右不正事実の所内放送を行つたところ同園長は同月十日原告等三名に対し「放送機ノ使用ハカネテ嚴禁セル旨通知シアルニカカワラズ三月八日午前十時三十分右三名ハ無断ニテ放送室ニ入リ療養所経営問題ニ付放送ヲ開始シタルヲモツテコレヲ制止シタルトコロ暴力ヲモツテコレヲ阻止シ放送ヲ続ケタル上酒気ヲ帶ビテ事務室ニ入リ職員ニ対シ脅迫的言辞ヲ弄シ執務ヲ妨害シ著シク事務ヲ澁滯セシメタリ」との理由でこの所爲が前記国立療養所入所規程第六條第八條第二号に該当するものとして命令退所を言渡した。しかし右入所規程第六條には「療養所長は患者に対し療養上及び診療上又は所内の秩序維持のため必要と認める指示をなすべきことができる。」とあり第八條には「療養所長は入所患者が左の各号の一に該当するときは退所を命ずることができる。一、療養所における療養の必要がなくなつたとき、二、第六條の指示に從わずその他不都合の所爲があつたとき」とありこの規定は国立療養所の営造物権力の内容及び限界を定めたものであり、元來営造物権力は営造物の内部においてその秩序維持のためにする消極的規律権にとどまるのが原則であり又営造物権力に基くすべての命令及び処分は当該営造物の特定の目的の範囲にとどまるべきであるからその必要の程度をゆ越して発動することは許されず特に憲法の規定する基本的人権の保障、法律命令規則等の規定する営造物権力の限界を尊重すべきでありこの限界を逸脱した行政処分は違法である。以上の通り入所規程第六條及び第八條は療養所長の命令退所に関する自由裁量を認めたものではなく法規裁量の基準を定めたものであることは明白であるから從つて第八條第二号によつて退所を命ずるには單に形式的に同号所定の事由があるだけでは足りない。すなわち第六條の指示に從わずその他不都合の所爲が懲戒権その他内部規律権をもつては処置できない程度に重大でありしかも当該営造物の目的から見てその処分が憲法の保障する基本的人権を侵害しない場合でなければならない。換言すれば懲戒権その他内部規律権をもつて十分に処置することができる場合又は憲法の保障する基本的人権を侵害する場合にはその退所命令は営造物権力の限界を逸脱した行政処分として違法である。原告等三名に対する前記退所命令の理由としている事実はすべて事実無根又は過大評價としてねつ造したものであるのみならず退所命令当時原告花畑は約一ケ月前に相当のかく血をしており、同佐野は宿阿の上負傷の身であり又同東野は三十八度の高熱のために極度に衰弱していた情況であつて国家として正に療養給付を継続しなければならない場合であり又命令退所処分を受けた者は今後国立療養所に入所困難である実情を考慮するときは原告等三名は最早各種保險による医療給付を受ける権利をはく奪されたのと同じ結果となり薄給の労働者として利用し得る唯一の療養手段を失い原告等三名を直ちに病餓死に追込むようなものである。以上の通りであるから本件退所命令は無根の事実に基く違法の処分であるか又は少くとも営造物権力に基く命令退所の限界を逸脱した違法の処分であるから本訴においてその取消を求めると陳述し、被告主張のように原告花畑、佐野等が昭和二十四年三月四日夜間放送をしたことについて翌五日相沢庶務課長から注意を受けたことはないと補述し、
被告訴訟代理人は答弁として、国立療養所大阪厚生園が原告等の主張するような国の営造物であること、厚生技官長谷川卯三郎はその園長であつたが原告等主張の日に休職処分になり休職中であること、原告等三名がその主張のような事由で入所加療養中の患者であること、原告等主張の日長谷川園長が原告等三名にその主張のような理由で命令退所を命じたことは認めるが右退所命令が原告等の主張するような違法の行政処分であることは爭う。国立療養所入所規程第六條及び第八條に原告等主張通りの規定があり先に昭和二十二年四月一日長谷川園長は右入所規定第六條に基いて全文十項目より成る入所者心得を定めたが、昭和二十三年十二月頃に至り患者が放送室に入り直接放送することは放送室及び放送機を病菌によつて汚染する危險があるのでこれを防止する予防医学的見地からと患者自ら放送を行わずとも必要と認める場合には職員が代つて放送することによつてその目的を達するとの見解から昭和二十三年十二月中口頭をもつて患者の直接放送を嚴禁する旨を指示しその後数回これを繰返したが昭和二十四年三月四日夜原告花畑、佐野等が無断で夜間放送を行つたので翌五日相沢庶務課長から直接注意を加えたことがあつたので同月六日念のためこれを入所者心得第十一項「患者が直接放送することを絶対禁止する患者放送を求むるときは放送内容を記載せる原稿を医務係に提出し医務係においてこれを放送する、ただし放送内容は直接療養上に関することに限る」として成文化したのであつてその趣旨は当時原告等はもちろん全入所患者に十分周知徹底していたにもかゝわらず原告等三名は同月八日右指示を無視して放送室に侵入し職員の制止も聽かず腕力をもつて反抗し放送を強行し続いて事務室に侵入し原告花畑の如きは酒気を帶びて脅迫的暴言を吐き職員の執務を妨害したのである。原告等は從前から患者自治会のリーダーとして療養所当局に対する反抗的気勢をあおり、医官、看護婦その他の職員の診療上の指示に從わないのみならず入所者心得に違反してしばしば無断外出外泊をなし、再三の注意にもかゝわらず飮酒喫煙をなし、消燈時間後にもしばしば点燈し、或は炊事係職員に対し脅迫的言辞を弄する等の所内秩序紊乱の行爲があつたところへ前記のような無断放送の行爲があつたのであつて原告等のこれ等の行爲は療養所の風紀秩序を破壞して顧みないものでありこのまま原告等を入所せしめておくことは療養所内の秩序の維持ひいてはその運営を不可能ならしむるものであるから原告等三名に対する退所命令は至つて正当であり何等違法ではない。又結核性疾患は一般性疾患と異なり病型と病勢とは必ずしも一致せず病型は中等症であつても病勢が進行していると安靜ぐわ床を命じ病型は比較的重症であつても病勢が固定していると多少の運動を許すことがあるのであつて、前記退所命令を発した当時原告花畑は右胸上部に空洞ある中等症(同原告に対しては胸部成形術を進めたが肯ぜず昭和二十四年一月頃退所復職を希望した事実がある)原告佐野は増殖性軽症(同原告に対しては安靜を命じてあつた)原告東野は主増殖性中等症であり退所を命ずるのに何等支障なくかゝる情況の下に退所を命じたからといつて憲法の保障する基本的人権を侵害するものでないこともちろんである。近時結核性患者の著しい増加に対し国立療養所の收容能力これに伴わない関係上現在の收容能力を最高能率に運用しなければならぬ実情であるのに対し一部の入所患者が長期の療養にうみやゝもすれば療養規律を乱し政治活動に走り善良な一般患者に迷惑を及ぼし又嚴格な療養に努めずいたずらに療養期間を延長し多数の入所を希望している在宅患者の收容に支障を與えることは明らかに公共の福祉に反するところであつてこの観点からしても前記退所命令は正当であつて何等違法ではないと陳述した。(立証省略)
三、理 由
国立療養所大阪厚生園が原告等の主張するような国の営造物であること、厚生技官長谷川卯三郎はその園長であつたが原告等主張の日に休職処分になり休職中であること、原告等三名がその主張のような事由で入所加療中の患者であること、原告等主張の日長谷川園長が原告等三名にその主張のような理由で命令退所を命じたことは当事者間に爭がない。よつて本件の主要爭点である右退所命令が違法な行政処分であるか否かについて判断する。
国立療養所入所規程第六條及び第八條に原告主張通りの規定があることは明らかであり、昭和二十二年四月一日長谷川園長が右入所規程第六條に基いて全文十項目より成る入所者心得(成立に爭のない乙第一号証の一)を定めたことは原告の明らかに爭わないところである。そこで療養所長は入所患者が右入所規程第六條により療養所長の定めた入所者心得に從わずその他不都合の所爲があつた場合には右入所規程第八條第二号に該当するものとして退所を命ずることができることはこれらの規定上明白であるが、右規定は療養所内部の秩序維持のためにする規律権を定めたものであるから右規定による退所命令が適法正当であるためには單に外形上規定違反の行爲があるだけでは足りず(形式的違法性)その行爲が最早その療養所における療養を継続することを許すことができない程度の国立療養所としての療養秩序を破壞するものでなければならないものと解する(実質的違法性)。このことは右入所者心得がたとえば入所者は互に礼儀を正しくし親和を旨としなければならぬとか、火気に注意し所定の場所以外で炊事をしてはならないとかあるいはみだりに他人の病室に出入したり高声で談話をしてはならないとか療養所内の共同生活上遵守すべき社会道徳ないし軽微な規則に関する事項を規定していることから見ても明らかである。そして右にいわゆる療養秩序の破壞とは療養所長、医官、看護婦の入所患者に対する療養上及び診療上の指示命令に從わず甚しく療養の本旨に反する行動をとること、療養所長が所内秩序維持のために定めた指示を守らず、その指示違反がその違反者を到底所内にとどめておくことができない程度に達した場合、あるいは療養所が一つの共同社会として保持すべき風紀秩序を紊乱し一般入所患者の療養生活を妨害し療養所の共同生活に不適格であること等を指称し、退所命令がかゝる実質的違法性を具備した場合に始めて適法な行政処分でありこれを欠く場合には違法な行政処分であるといわねばならぬ。そこで本件について考えて見ると、成立に爭のない乙第一号証の二、第四号証、第六号証の記載の一部及び証人坂東裕、頭根敏雄、高橋源次郎、神藤常治(第一、二回)大中四郎の各証言、証人豊田重夫の証言の一部、原告花畑角二、佐野義弘、東野義信各本人尋問の結果の一部を綜合すれば、(イ)原告等を含む全入所患者約二百八十名はかねて患者自治会を結成し入所患者の待遇その他の療養條件の改善及び医療の民主化のため長谷川園長と種々折衝を重ねて來たが昭和二十四年三月上旬頃患者自治会食糧部の調査によつてララ物資である砂糖約三十キログラムの不正使用その他療養所当局の不正事実を発見したので原告等三名は同年三月八日午前十時三十分頃療養所用の放送機を使用して右不正事実を公表し全員結束して非違を摘発糾彈し当局の綱紀を肅正しなければならぬとの趣旨の激励放送を行つたがその際会計係長高橋源次郎、庶務係長神藤常治等はその放送を聽きつけるや直ちに放送室にかけつけ放送中の原告花畑を詰問して放送中止を命じたが同原告は反抗的気勢を示してこれに應じないので高橋係長は再三スイツチを切つて放送を止めようとしたがその都度原告東野はスイツチを入れて放送を継続させ又原告佐野は放送室の内部から扉を閉じて容易に開かず職員の入室を妨害したのであるが、放送終了後原告等三名は多数の入所患者と共に事務室に這入り原告花畑は多少の酒気を帶びて高橋係長と放送機使用をめぐつて激論應答し、また事務員大中四郎に対し同人の態度を難詰ば倒し一時は險惡な空気を釀したこと、(ロ)昭和二十三年十二月頃から療養所当局は患者放送が往々療養と関係のない政治的宣傳に利用される傾向があるのでこれを禁止する必要を感じていた折柄療養所職員中直接患者に接する職員には特勤加俸が認められたが事務職員にはこれが認められないため患者が放送した放送機を使用することについて不平の気運があつたのと患者に直接放送を許すときは放送室及び放送機が病菌によつて汚染される危險があるのでこれを防止しなければならない予防医学的見地から当時患者懇話会の席上口頭をもつて患者の直接放送を禁止し患者放送專用の放送機設置については考慮する旨指示したが(從つてこれは前記入所規程第六條の指示として有効に成立しており、当時からこの趣旨は一般入所患者に周知徹底していたものである)しかしその後この指示は余り嚴格に遵守されず当局の許を得て患者自ら放送したことも間間あり、また時には無断放送をしそのまま放任せられたこともあつたが昭和二十四年三月四日原告花畑等が無断で夜間放送を行つたので翌五日相沢庶務課長から直接注意を加えたこともあつたので同月六日正式にこれを入所者心得第十一項「患者が直接放送することを絶対禁止する。患者放送を求むるときは放送内容を記載せる原稿を医務係に提出し医務係においてこれを放送する。ただし放送内容は直接療養に関することに限る」として成文化し直ちに当時の患者自治会長豊田重夫に通達したところ豊田会長はなお当局と折衝の余地があるものと考えこれを一般入所患者に傳達していなかつた間に前記三月八日の放送機使用の問題を起すに至つたものであること、(ハ)その後原告等は緊急患者自治会を開き満場一致をもつて長谷川園長等の告発を決議し檢察廳において取調の結果長谷川園長及び相沢庶務課長の二名は起訴せられ目下公判進行中であることを認定することができる。証人頭根敏雄の証言により眞正に成立したことを認め得る甲第七号証の記載内容及び証人豊田重夫の証言、原告花畑角二、佐野義弘、東野義信の各供述中右認定に反する部分はこれを措信せずその他双方の提出の各証拠中右認定に抵触するものは存しない。次に証人小川米藏、山本アキコ、丹羽善松の各証言をそう合すると原告花畑はしばしば無断外出し原告佐野、東野もまた時に無断外出をしており、原告花畑、佐野はしばしば喫煙し、原告花畑は時に飮酒し、又炊事係の職員に対し脅迫的な言葉で、文句を言つていた事実のあることはこれを認めることができるが、無断外出、飮酒、喫煙等は原告等に限つたことではなく、他の患者の中にもかような行爲をする者のあることは、また右各証人の証言により明らかである。以上認定の事実から原告等に対する長谷川園長の命令退所が適法か否かを考えて見るのに、原告等の右行爲中放送機の無断使用及び執務妨害の点は入所規程第六條第八條第二号に該当し、しかも相当の実質的違法性を有するものと認むべきであり、原告等の行爲によつて釀し出された療養所当局と患者間の対立的空気は患者の安靜な療養生活を使命とする療養所の秩序維持の上から相当好ましからぬものであることは明らかであるが、反面原告等の行爲は療養所当局の不正事実の摘発、綱紀の肅正という正義の要求に基く純眞な動機に出ていることも又明らかであり原告等の右行爲は療養所当局の不正行爲に誘発されたものと考うべきものであろう。こおいう場合にその行爲の実質的違法性を如何に評價すべきかは極めて困難な問題であるが、一般に動機が如何に純眞であつても行爲の違法を正当化することは出來ない、動機の純眞を口実として法をべつ視することは許されないけれども少くともその動機が行爲の價値判断においてしん酌さるべき重要な事情であることも又当然であつて、原告等の規定違反行爲を療養所当局の不正事実の摘発綱紀の肅正という動機に比較対照して考察してみると右事情の下における放送機の無断使用又は執務妨害は必ずしもはなはだしく権衡を失する程度の違反行爲とも認めることはできず、從つてこの程度の違反行爲者である原告等に所内秩序維持の爲め極刑ともいうべき退所命令をもつてのぞむことは内部規律権の限界を逸脱した違法の処分と認めるのを相当とする。(しかも原告等が療養所当局の不正事実の暴露放送の直後主としてこれを理由として退所命令を発している事跡からみると長谷川園長は自己の不正事実の暴露に対する抑圧手段としてか酷な処分に出たのではないかとの疑問さえ相当濃厚である)原告等の行爲中無断外出、飮酒喫煙及び炊事係職員に対する暴言は前認定の事情の下において原告佐野及び東野についてはほとんど問題とするに足らないし、原告花畑においてもこれを前記無断放送等の事実に加えて考慮してもいまだ本件退所命令を適法ならしめるものと認めることはできない。被告は他の多数の入所希望患者の爲にも指示違反者はこれを退所せしめるのを相当とすると主張するが、一度入所した患者を退所せしめるにはそれ相当の理由がなければならないのであつて、これなくして退所を命ずることはできないものであり、從つて右被告主張の点は退所命令の適否をあんずるに当つては考慮を要しないものと考える。以上説明の通り長谷川園長が昭和二十四年三月十日原告等三名に対してなした退所命令は違法であるからこれを取消すべきものとし訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 山下朝一 相賀照之 山本一郎)